藤倉造園設計事務所

雪化粧

大人になっても雪が降ると本当にわくわくして、今回はどのくらい積もるかなと

何度も窓の外を眺めてしまいます。

今日くらい積もると、土をいじる庭作りはできなくなってしまいますが、

そんな雪が積もった日には、絶対行きたいと思っている場所が都内にも何カ所かあり、

この目黒の自然教育園もその一つ。

もともとは高松藩主の下屋敷であった場所ですが、明治になって陸海軍の火薬庫となったり、

宮内省白金御料地となった後、自然教育を目的として、自然の移りゆくまま、

できる限り自然本来の形に近い状態で残したいと人の手を加えることなく維持されています。

風倒木がそのままにされていたり、木道のある湿原があったりと

普段から山っぽさを存分に感じられるのですが、一面雪に覆い尽くされ、

木々に積もった雪が朝日に照らされキラキラしながら、ポタポタと落ちていく様を

全身で感じているとより一層の野趣を味わえます。

雪が溶けてしまうのが心配で、9時の開園時間がもどかしかったのですが、

同じように都内の雪景色を待ち遠しく思っていた楽しい大人達がカメラを携えて、

嬉々として集まってくる光景は、とてもあたたかいものに思えました。

光が徐々に強まり、気温がだんだんと上がっていくにつれ、

刻一刻と変奏していく風景は見飽きないのですが、他にも行きたい場所はあり、

後ろ髪を引かれながら次の場所へ向かいます。

六義園です。雪吊りで化粧された松と藁の防寒着を着た植物達が、

その衣装が似合う雪という最高の演出でとても輝いています。

こんな小さな三人家族もしっかりと守られていました。

はしごも三件目になると雪もすっかり溶けてきてしまいました。

旧古河庭園の小川治兵衛の作った庭園から、ジョサイア・コンドルの設計した洋館を望みます。

雪囲いをしなければ春まで咲かないボタンも、

こうすることによって雪の中で楽しむことができます。

自然のあるがままに任された森も、丹念に人の手を入れて愛されている庭園も、

雪化粧という自然の造形で、どちらもますます輝きを増していました。(T)

三寒四温


一年で一番寒い時期、大寒を向かえます。

東京では一ヶ月以上雨がなく、乾燥注意報が連日続き、手のあかぎれもいっこうに治りません。

朝晩の冷たい風にあたると身も心も縮み上がります。

そんな中、手入れの作業も一段落して、植栽の準備に取りかかりました。

畑の中は冷えた地面が凍りつき、霜柱で押し上げられた地面を歩くとサクサクと音を立てます。

土の道を歩くことが少なくなったせいか、霜柱に陽が当たり、

土の隙間からキラキラ氷が光る光景も、今ではなかなか見ることもできなくなってきました。

落葉樹の移植は葉の落ちている時期が一番良しとされています。

休眠期であるため多少の無理もでき、安心して動かすことができます。

ですが、ここまで乾燥すると土の中もパサパサで、土が溢れやすく、

根鉢も慎重に掘り取りを行なわないと樹木を傷めてしまいます。

2年後3年後に樹木の成長として差が出てくるので、決して手は抜けません。

いつ動かしても大丈夫なように、根っこを作っていく、

根回しをしていくことは造園の大事な工程です。

 

一晩明けて窓の外を見てみると、辺りは一面の雪景色。

雪はやはり嬉しくなるものです。

乾燥していた空気をしっとりと潤いで満たしてくれました。

畑にも良いお湿りになっています。

寒さは厳しく、外仕事をしている私たちにはちょっぴり辛いのですが、

寒い時期があるからこそ、春が待ち遠しく、心も弾んでくるのでしょう。

寒暖を繰り返しながら春に向かうこの時期に、

陽だまりの中に身を置くと不思議と心が落ち着きます。

ゆっくりと時間が過ぎていくような気にさせてくれる陽だまりが、

住まいの暮らしの中でごく自然に触れあえたら好いものです。

寒さから学ぶことも限りなくあります。

多くのことを学べるよう、感じられるよう、研ぎすましていきたいものです。(F)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よりどり実どり

田舎へ行っても東京へ戻ってきても森林浴がしたくなります。

目黒の自然教育園はとても都心とは思えない深い森があり、荒れている近山へ行くよりも

満足感を得られます。

そこへ向かう道中の花屋さんで、ヤドリギの実を発見しました。

ケヤキなどの落葉樹に冬になると大きな鳥の巣のような物体を観察できることがあり、

その存在は知っていたのですが、こんな実をつけるとは驚きです。

自然教育園の中へ入ってもいろいろな実を見つけることができます。

ムサシアブミ。

サネカズラ。

そしてひときわ眼を引いたのは、このイイギリの多さでした。

大正二年にスタートした明治神宮の造営計画では、多数の造営候補地が挙げられました。

富士山、筑波山、箱根、御岳山、飯能などの他に

この自然教育園の前身・白金火薬庫もありましたが、

常緑樹を主とする荘厳な森をつくる方針から、落葉樹の多いここは外れたのでした。

とはいえ、関係は深く明治神宮を作るために、ここ白金火薬庫からは、

クロマツ、スダジイ、アカガシ、イロハモミジなど合計500本以上の樹木が移植されました。

一枚前の写真にカラスが多く写っているのが確認できるでしょうか。

そのカラスが落としたイイギリの実が、薄氷の上にポツンと落ちていました。

60年前、この森の階層は、高層にマツやモミの針葉樹、中層に落葉広葉樹、

下層に常緑広葉樹という構成になっていました。

それが、大気汚染などに弱い針葉樹が弱まり、そこにできた空間に、

陽樹で成長の早いイイギリのような木が増えています。

これからは、さらに常緑広葉樹へと遷移して、安定した極相へと向かいつつあるようです。

凛とした空気が心地良い朝から、ポカポカした日中を過ぎて、

凍った水面に西陽が反射して、枯れすすきを照らす時間になるとぐっと温度が下がってきます。

いつまでもいたい樹林から、ようやく落ち葉を踏みしめて家路へと向かうのですが、

この冷え込みが、住処の温もりを一層引き立ててくれます。(T)

水の如く

ここは茨城県日立市の助川山の山頂から見た日立市の市街と太平洋の様子です。

時には猛り狂うこともある大海ですが、いつも私たちに海の恩恵を届けてくれるのもこの大海。

今年の正月も穏やかに穏やかに新たな年への抱負を胸に気持ちを新たにする心を

包み込んでくれました。

豊かな海を支えるためには、海へと注ぐ川の水源がある山が豊かであることも重要なことです。

海から40分も車で走り、御岩神社から御岩山へと登ります。

頂上近くには奇岩怪石があり、ロッククライミングの練習場にもなっていたり、

田中澄江さんの「花の百名山」にも紹介されるイワバカマやショウジョウバカマが

春先には咲きます。

その少し下に御岩神社奥の院は、佇んでいます。

杉木立に囲まれ厳かな雰囲気です。

続いて詣でたのは、浄蓮寺渓谷にある浄蓮寺。

茅葺きの屋根に描かれた曲線がとても美しく見とれてしまいます。

この浄蓮寺は一体の山と渓谷も擁しているため、植林されて杉林になることもなく、

林床に光が差し込む豊かな照葉樹林となっていて、その中に三十三体観音像が鎮座しています。

十一面観音や馬頭観音、如意輪観音、千手観音など、どの観音様も暖かい眼差しで、

未熟な我が身を迎えてくれます。

さらに北へ行くと花園神社があります。

こちらにも幾星霜を経てきたのかと途方に暮れる杉の大木やコウヤマキの大木がそびえています。

参拝客で賑わう花園神社から、渓谷を遡っていくと奥の院の少し手前に七つ滝はあります。

写真にはその迫力を写し取ることはできなかったのですが、圧倒されるものがあります。

あと少し行けば福島県というだけあって川も凍っています。

雨や雪が降って樹木にかかり、それが滴り落ちて土に染み込み、

湧き出たものが川となり海へと注ぎ、それがまた蒸発し、水としての輪廻転生を繰り返します。

水五訓というものもありますが、水は自ら活動して他を動かし、

常に己の進路を求めて止まらざるもの。

自然の摂理に従いながら、しなやかにたおやかに己の姿を変えながら流れていきます。

明鏡止水という言葉通り心を穏やかにしなければ真実も見つめられません。

これから始まる新しい一年、水の如く生きたいものです。(T)

先を見据えて

毎年の家族行事となっている明治神宮の初詣に今年も訪れました。

神宮苑内に入ると心が浄化され、穏やかに、清らかになるように感じます。

明治神宮は、『永遠の森』を目指し大正4年から造営工事が始まり、

全国から植樹する木を奉納したいと献木が集まりました。

当時、365種でしたが、東京の気候風土、生態系的ににそぐわない樹種もあり

現在では246種、17万本もの木々が豊かに生い茂っています。

 

わずか半世紀で自然の状態にもどったこの森は、何を植えたら立派に育つか、

100年後の自然の状態を見据えて当時の学者たちが考えました。

伊勢神宮や日光東照宮にある、杉並木のような雄大で荘厳なものを望んでいましたが、

杉が都会に適さないこと、東京は公害が進み苑内の大木や老木が次々と枯れていったことにより、

実現しませんでした。

そのため、100年先を見据えた神宮は、照葉樹でなければ育たないことを

当時の首相であった大隈重信らに説明し、

主にシイ、カシ、クスなどの照葉樹を植えることで決定したのです。

 

人の手を離れても美しさを保ち続け、生き生きと豊かに茂るこの森から

学ぶことは山ほどあります。

適度に林床に光りが差し込み、良い状態で生態系が保たれ、

多くの生物が共存している都会のオアシスを、先人たちが見据えて成し遂げてきたました。

私たちも先を見据えて豊かで美しく、

多くの生物が共存できる空間づくりに努力をしていかねばなりません。

 

『永遠の森』が増え、人と自然が上手に心豊かに共存できる社会でありたいと願うばかりです。 (F)

 

 

 

 

一歩前に踏み出せる年へ


新年あけましておめでとうございます。

新しい年を迎え、気分新たに、一歩前に踏み出せるように行動したいと思います。

住まいの暮らしの庭から、心地よい環境を少しでも多く整えて、

小さな空気の波動が広がっていくことができるように取り組んで行きたいと思います。

新年の挨拶は幾度となく登場している浅間山からにいたしました。

私の原点の雑木林であります。

原風景として心に刻み込まれたこの浅間山は、

四季や時間帯、陽光の当たり方などで様々な表情を見せてくれます。

散歩で訪れるたびに新しい発見や清々しい気持ちをもらえます。

 

小さな悩みが解決するたびに新たな悩みがやってきますが、

地球の自然と時間が創り出してきた雄大な空間に身を置くと、心が豊かになり

悩みなどすっ飛んでいきます。

 

そんな力があり、心の豊かになる空間づくりが、

暮らしの生活の中から生まれていけば嬉しいことです。

 

自然のサイクルは、新緑の芽を出し、紅葉して、葉を落とし土に還ります。

その土を栄養として来年新たな芽を出していきます。

幹は年々太く大きくなり、陽があたる方向や広い空間に勢い良く伸びて生き抜いていきます。

 

人も同じで、生まれて老いて土に還っていきます。

私たちも大自然のサイクルの中では1年分の葉っぱに過ぎません。

人も未来に希望があり明るく生き抜いていかなければ楽しくはないでしょう。

私たちも未来に栄養として繋げられるものを残し、

力強く生き抜いていく為の方向性を見極めていかなければいけません。

昨年40歳を迎え人生の折り返し地点にたちました。

これからの造園人生、責任をもちながら着実に一歩一歩前に踏み出し、

歩んでいきたいと思いました。

 

本年もどうぞよろしくお願い致します。(F)